2016年 06月 26日
海よりもまだ深く |
2016年 日本映画 原案・監督・脚色・編集: 是枝裕和
主演:阿部 寛、真木よう子、樹木希林、小林聡美、
============================
是枝監督は昨年の話題作「海街diary」に続いて今年また快作、おそらく是枝作品系列の中でも重要な位置づけになる「海よりもまだ深く」を製作して、あっと言わせている。
この監督は、自分の生活の実体験から、原案を練り、綿密に日常を作り直し、それを再現できる俳優を嵌め込んでゆく、その作業を丁寧に繰り返して、新しい“現実”を作り上げてゆくことの名手である。言うなれば映画はフィクションであるが、フィクションからリアルな人生の物語に引き戻す魔術師の様な存在である。
即ち、母(樹木希林)と息子(阿部寛)の会話、嫁(真木よう子)と義母との会話、姉(小林聡美)と弟の会話など、どのシーンをとっても、実人生と寸分違わぬ距離感で生きた会話が飛び交っていて思わず、ため息が出る。
物語は、笑ってしまうほどのダメ男の人生を、切って捨てないで優しく寄り添って、そのままの人生の哀歓を描いている。男は小説家で一度は文学賞を取ったものの、うだつが上がらぬまま、興信所につとめる。金が出来ればギャンブルに走り結局、家庭を崩壊し、離婚されてしまう。団地に住む母親のところに繰り返し臍繰りを狙いに来る。
他の家族にはお見通しなのに、夢とプライドだけは捨てられず、いい格好だけはしたい。究極の甘えんぼ人生を性懲りもなく繰り返して諦観と夢想の中に居残っている。
この作品の別のメッセージは母親がそれとなくさとす“幸せは何かを諦めないと手にできない”と“みんながなりたかった大人になれるわけじゃない”という達観した人生観での生き方を示している。そして団地に住む庶民の母親の「海よりもまだ深い」愛情は息子のあるがままの人生を甘受して、すべてを共有する人生の愛し方を、何気ない仕草で表現していて感動的である。その母親の持つ、言葉のひびきと、添える手の柔らかさがこの映画の白眉で、樹木希林の演技は絶妙である。
さて、翻って優れた作品として、親しまれ評価されてきた、小津安二郎や黒澤明の作品などは、常に中産階級、インテリ、強い人間などの生態を、その人生の哀歓を描いてきたが、是枝監督は、対象を庶民とし、弱い人間、ダメ男の様な人間の持つ、かわいらしさ、純粋さを、拾い出しながら、人生の形を表現している。
只、双方とも、緻密な脚本作りから作画している点は共通で、いい作品の基本は揺るがないのが判る。
「海よりもなお深く」は是枝監督の映画としての12作目であるが、ここでその全作品を通暁するに、第1作「幻の光」(1995年作)ではすでに是枝映画手法は現れていて、当時、「映像会」という映画仲間の間で彼に注目しようと話題になったのを思い出す。第4作「誰も知らない」(2004年作)では主演の柳楽優弥少年が、カンヌで最優秀主演男優賞を取った。第5作「花よりもなお」(2006年作)第10作「そして父になる」はいずれもブログに詳報を載せているが、いずれも趣旨一貫した作品群である。
この作品がこの監督のエポックメーキングにもなりそうなので、振り返ってみたが、久しぶりに来訪した妻と子が、嵐になって母の団地の部屋に泊まり、翌朝、養育費もろくに払えない男を残して帰ってゆくのを未練がましく送るラストシーンは印象的である。果たして幸せは来るかどうか謎である。
味わいたっぷりの映画に、蛇足ではあるが、母親に甘え、妻や子供にも甘えるだけ甘え、その愛情にも応えられず、周囲に与えるものがない人生に喜びがあるのか気になった。
(平成28年6月23日)
主演:阿部 寛、真木よう子、樹木希林、小林聡美、
============================
是枝監督は昨年の話題作「海街diary」に続いて今年また快作、おそらく是枝作品系列の中でも重要な位置づけになる「海よりもまだ深く」を製作して、あっと言わせている。
この監督は、自分の生活の実体験から、原案を練り、綿密に日常を作り直し、それを再現できる俳優を嵌め込んでゆく、その作業を丁寧に繰り返して、新しい“現実”を作り上げてゆくことの名手である。言うなれば映画はフィクションであるが、フィクションからリアルな人生の物語に引き戻す魔術師の様な存在である。
即ち、母(樹木希林)と息子(阿部寛)の会話、嫁(真木よう子)と義母との会話、姉(小林聡美)と弟の会話など、どのシーンをとっても、実人生と寸分違わぬ距離感で生きた会話が飛び交っていて思わず、ため息が出る。
物語は、笑ってしまうほどのダメ男の人生を、切って捨てないで優しく寄り添って、そのままの人生の哀歓を描いている。男は小説家で一度は文学賞を取ったものの、うだつが上がらぬまま、興信所につとめる。金が出来ればギャンブルに走り結局、家庭を崩壊し、離婚されてしまう。団地に住む母親のところに繰り返し臍繰りを狙いに来る。
他の家族にはお見通しなのに、夢とプライドだけは捨てられず、いい格好だけはしたい。究極の甘えんぼ人生を性懲りもなく繰り返して諦観と夢想の中に居残っている。
この作品の別のメッセージは母親がそれとなくさとす“幸せは何かを諦めないと手にできない”と“みんながなりたかった大人になれるわけじゃない”という達観した人生観での生き方を示している。そして団地に住む庶民の母親の「海よりもまだ深い」愛情は息子のあるがままの人生を甘受して、すべてを共有する人生の愛し方を、何気ない仕草で表現していて感動的である。その母親の持つ、言葉のひびきと、添える手の柔らかさがこの映画の白眉で、樹木希林の演技は絶妙である。
さて、翻って優れた作品として、親しまれ評価されてきた、小津安二郎や黒澤明の作品などは、常に中産階級、インテリ、強い人間などの生態を、その人生の哀歓を描いてきたが、是枝監督は、対象を庶民とし、弱い人間、ダメ男の様な人間の持つ、かわいらしさ、純粋さを、拾い出しながら、人生の形を表現している。
只、双方とも、緻密な脚本作りから作画している点は共通で、いい作品の基本は揺るがないのが判る。
「海よりもなお深く」は是枝監督の映画としての12作目であるが、ここでその全作品を通暁するに、第1作「幻の光」(1995年作)ではすでに是枝映画手法は現れていて、当時、「映像会」という映画仲間の間で彼に注目しようと話題になったのを思い出す。第4作「誰も知らない」(2004年作)では主演の柳楽優弥少年が、カンヌで最優秀主演男優賞を取った。第5作「花よりもなお」(2006年作)第10作「そして父になる」はいずれもブログに詳報を載せているが、いずれも趣旨一貫した作品群である。
この作品がこの監督のエポックメーキングにもなりそうなので、振り返ってみたが、久しぶりに来訪した妻と子が、嵐になって母の団地の部屋に泊まり、翌朝、養育費もろくに払えない男を残して帰ってゆくのを未練がましく送るラストシーンは印象的である。果たして幸せは来るかどうか謎である。
味わいたっぷりの映画に、蛇足ではあるが、母親に甘え、妻や子供にも甘えるだけ甘え、その愛情にも応えられず、周囲に与えるものがない人生に喜びがあるのか気になった。
(平成28年6月23日)
by masakuzu
| 2016-06-26 18:18
| 日本